初めての渡米で、僕はその喜びを知ってしまった。
1999年春、イリノイ州シカゴ、バルーンアート世界大会の最後を飾るパーティー、出席者は約1000人。
絶対に呼ばれないだろうと思っていたその時、僕の名前が呼ばれた。
世界大会のコンテスト入賞者発表の時に・・・。
8年間勤めた広島赤十字病院を辞めて飛び込んだ全く新しい世界。
仕事を辞める半年前から、不安で眠れない夜が続いていた。
この時、それまで数ヶ月の間張りつめていた緊張の糸が『プッツン』と切れてしまった。
ステージの上で涙が止まらない。
バルーンアート界のドン、Marie Mandoliが優しく僕の肩をたたいてくれた。
泣きながら席に戻る途中、新人賞も受賞し、出席者達は皆立ち上がり、スタンディング・オベーションになった。
国籍も違う、実績も無い。でも、自分の創り出す世界が良ければ、認めてくれる国。 アメリカ。
人生の中で、あの感動のシーンが無ければ今の僕は存在しないだろう。

2002年1月、アリゾナ州フェニックス。 [ SPECIAL EVENT 2002 / スペシャルイベント2002 ]
世界中のイベンター達が集まる、世界最高峰のイベントの祭典。
ウエディングプランナー・デザイナーや照明のスペシャリスト達・フローリスト・・・。
そのスケールの大きさ、繊細さ、そしてレベルの高さに、ただ驚くばかりだった。
約2000人のファイナルパーティー。---[GALA AWARD]---
Goodyの作品は、2つのノミネートを獲得していた。日本人のノミネートは僕たちだけだった。
ノミネーター全員がステージ上に立ち、紹介されると、約2000人の出席者は、一斉に立ち上がり、
僕たちが2人ずつステージから降り終わるまで、拍手をしてくれていた。
その時、全身に鳥肌が立ち、改めて世界で認めてもらえることの喜びと大きさをかみしめていた。

バルーンを通して、世界中の人達の笑顔と出会い、そして認め合う。
この素晴らしい世界は、きっと僕の生きる場なのだ。
この世界にいるとき、自分が今までにない輝きを放つ瞬間を感じることができる。
それは僕にとって、心の底から幸せと思える瞬間なのかもしれない。
Goodyの創り出すバルーンアートの世界に触れた人達の瞳が、
思わず『キラッ』と輝く、そんな瞬間を私達は作り出したいと考えています。
決して、型押し的な仕事ではなく、こだわりを持ち、1つ1つに心を込めて創る。
私達は、そういうバルーンアートやギフトを世の中に出して行きたいと考えています。
謙虚な姿勢を忘れず、これからも世界にアプローチしながら・・・。
そして、いつかこの夢のある文化が日本という国にゆっくりと広がり、
1人でも多くの日本人の心を潤すことを心から願っています。
有限会社グッディ・バルーン・カンパニー 代表取締役 金本 秀明(かねさん)
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