LUMINOX HISTORY

LUMINOX HISTORY

CAUTION!

 



極限の状況下で遂行される生命を賭けたミッション。その時、使用される腕時計に求められる絶対条件は瞬時に計時を認識できる“視認性”である。米海軍特殊部隊SEALsをはじめ、警察特殊部隊SWATや特殊戦闘機パイロットから数々の特殊時計の開発要請を受けているルミノックス。その大きな理由は「何時、いかなる状況であっても時刻の確認ができる視認性の確保」が要求されていることに他ならない。ルミノックスのすべての時計にはルミナイトシステムが採用されている。これは、スイスのMB-Microtec社によって開発された、昼夜を問わず従来の蛍光時計の約100倍もの明るさで25年以上発光し続ける驚異的な視認性を実現した自己発光型マイクロガスカプセルを採用したイルミネーションシステム。光を溜めて発光する蓄光時計のように光源も不要で、バックライトボタンを押すなどの操作も必要ない、今までに類を見ない革命的なものである。
ラテン語で「明るい夜」という意味を持つルミノックスは、他の腕時計と一線を画し、特殊軍用時計として揺るぎない信頼を勝ち得た存在として認識されている。
そして、世界で最も厳格な基準といわれる米軍仕様書MILスペック(MIL-46374F)をクリアし、すべての米軍隊の仕様書に準拠した製品群を開発。さらに、特殊構造の反射防止コーティングガラスと10年以上持続するムーブメントバッテリーを採用することで、次期スペースシャトル(X-33Venture Star)計画のスペシャルウォッチとして開発がスタートされた。
「過酷な条件での高い実用性」こそが軍用時計本来の目的であり、ルミノックスが誇る開発コンセプトでもある。
現在では、その極めて高い視認性や耐圧性、耐衝撃性によって、FBIやSWAT、シークレットサービス、沿岸警備隊、消防隊などでもルミノックスウォッチが最重要装備品の1つとして供給されている。
SEAL第5部隊責任者
ジョン・イングラフがルミノックス代表に宛てた手紙

日本語訳


 


米海軍特殊部隊SEALsは1962年、ケネディ大統領が設立を命じ、 イギリスの王室海兵隊特殊船艇隊(SBS)を手本にして、 第二次世界大戦や朝鮮戦争の当時に活躍していた海軍水中破壊工作チーム(UDT)の任務遂行能力を大幅に拡張させた「対ゲリラ戦エリート部隊」として組織された。

 SEALsとは海(SEA)の“SE”、空(AIR)の“A”、陸(LAND)の“L”から付けられ、世界中のいかなる場所、いかなる時でも、24時間以内に現地へ到達し任務を果たすべく行動できるように訓練されている。水上高速艇(HSB)や長距離移動砂漠偵察車(DPV)、SEALsの基本的な移動手段である潜水艦などを駆使し迅速な行動をとっている。 
 SEALsは、基本的に前方敵地侵入部隊であり、6つのチームで編成され、それぞれが担当地域を持ち、情報収集から暗殺まで、その任務は多岐に及び、通常3〜7人の少人数で編成されている。それぞれが特殊分野のスペシャリストであり、任務を監督、担当する士官「ホイール」や、爆薬専門家の「パウダートレイン」、弾薬設置を監督・指示する「リガー」、 その他、水中偵察兵、無線係、SEALsだけが携行した「ストーナー・サブマシンガン」を持つ重火器係などがいる。

 彼らは最新の兵器と通信機器を使用し、SEALs部隊は奇襲攻撃により敵部隊に衝撃と混乱をあたえ、常に優位な立場で戦闘を行える状況をつくり出し、戦闘を最小限にとどめ最大の破壊活動を行っている。 SEALsのメンバーになるまでの関門は高い。カリフォルニア州サンディエゴ近くのコロラド島にて行われる通称BUDSと呼ばれる半年間の入隊試験は一生の間で一度しか受けることができず、そのSEALs試験には、海軍をはじめ海兵隊、フォースリーコンなどの様々なエリート部隊の人間が毎年、数千人、選抜試験に志願してくる。

 SEALs試験は、走る、潜る、戦闘訓練、爆弾訓練、偵察訓練などの壮絶な訓練が行なわれるため、鉄のように固い意志が無ければ、たった一日の訓練で脱落してしまう。その激しく厳しい訓練ゆえに怪我をした者や精魂尽き果てた者は自発的に去って行くしかない。また肉体的訓練だけにとどまらず、医療知識や海図及び地図の作製法、爆発物に関する知識や通信技術、全ての兵器に関する知識をも勉強しなければならない。世界で最も過酷と言われる入隊試験、彼らの格言に「安らかな日は唯一過ぎ去った昨日のみ…」という言葉があるほどに、SEALs入隊試験は厳しく壮絶なのだ。

 計36ヵ月もの壮絶な訓練を通過した者のみに最強の部隊バッジの証し「トライデント」を授与され、米海軍特殊部隊SEALsの一員となる。

 1966年のベトナム戦争、戦地に赴いたSEALsは、まず情報収集・敵の防衛拠点の破壊工作などに従事、戦果をあげた。顔に迷彩効果のペイントを施して行動し、その卓越した隠密性を発揮していたことからゲリラ戦を得意とする敵軍の特殊部隊、ベトコンの間でもGREEN FACE(緑の顔)と呼ばれ、また恐れられていた。

 1992年の湾岸戦争では、60人の隊員が投入され、ペルシャ湾の機雷爆破、航行船の調査など、彼らの任務は多岐にわたった。「砂漠の嵐」作戦でSEALsは陽動作戦を行い、クウェートの海岸線でのイラク軍の迎撃を阻止した。また、彼らはわずか隊員4人でイラク兵23人が守る石油採掘機を占領し、湾岸戦争の勝利に大きな貢献をした。

 SEALsはひとたび特殊地帯に潜入すると任務完了まで、隊員同士、また他の米軍部隊とも、連絡を取ることは許されなかった。SEALsは「サイレンス& リライアンス」(沈黙と信頼)の精神の下で作戦行動中、仲間うちでもほとんど会話を交わさず任務を遂行する。
「仲間と組んでしばらく仕事をすれば、黙っていても相手が何を考えてるかが解る。自分がやりたいことは仲間がカンで解ってくれると信じている。もしお互いのカンが狂えば死ぬだけだ。でなければ、もっとひどい捕虜収容所行きになってしまうだろう。」

 またアンブッシュを仕掛ける時、身動きもしないし、物音も立てない。 隊員は、背景と完全に一体化するコツを心得ている。SEALs隊員はこう語る。

「何かに化ける、敵に錯覚を起こさせる方法を説明するのは、ちょっと無理だな。ただ、自らがその気になって精神を集中すれば潅木にも丸太にも化けられるし、己が錯覚の力を信頼していれば相手に錯覚を起こさせる事もできるようになる。後は視線の持つ力だが、これは対象をまっすぐに見つめずに、脇を見るのがコツなんだ。1点に集中して見つめ続けると 相手も振り返るものだ。振り向いた敵に見つかるのはイヤだね、それは死を意味することだから。だからいつも細心の注意が必要なんだ。」
 
 SEALs部隊は無限の力を持つ超人的な人間の集まりだと誤解されているが、極秘裏に進める任務を主とする彼らは非常なまでの勝利へのこだわりと自尊心・度胸・恐怖と知性を武器に生き残る事を忘れず静かに潜行し、任務を遂行している
のだ。


 


第二次世界大戦中に水中破壊工作部隊(UDT)として活躍したアメリカ海軍の精鋭部隊は、1962年、ケネディ政権下で“SEAL”として生まれ変わった。世界の海軍が持つ特殊部隊の中で群を抜いた存在であるSEALsは、より高度な戦闘技術、すなわちSEA(海)AIR(空)LAND(陸)のあらゆる地域での作戦が可能な、最強の海軍特殊精鋭部隊である。6つのチームで編成され、それぞれが担当地域を持ち、その任務は情報収集から暗殺まで多岐に及び、通常3〜7人の少人数で編成されている。「ホイール」と呼ばれ任務を担当する士官、爆薬専門家「パウダートレイン」、弾薬設置の監督を受け持つ「リガー」、重火器係、水中偵察兵、無線係など、それぞれが特殊分野のスペシャリストのエリート部隊である。SEALsの入隊試験は一生の内、一度しか受けることの出来ない。海軍を始め海兵隊、フォースリーコンなど様々な部隊から選抜コースを受けに来るその試験は、世界でも最も過酷と言われ、彼等の格言に「安らかなる日は唯一過ぎ去った昨日のみ」と言う言葉がある事からもその壮絶さが伺える。計36ヶ月もの壮絶な訓練を通過した者のみが最強の部隊バッジのトライデントを授与されるのである。

1992年、湾岸戦争の緊張が覚めやらぬなか、米軍はSEALsの軍備強化に着手し、強化任務の命を受けたニック・ノース軍曹(SEALs軍備調達担当)は翌1993年、当時は無名だったルミノックス社と運命的な出会いをすることに。極めて過激で、綿密かつ迅速な任務の遂行が要求されるSEALs部隊にとって、欠かすことのできない唯一無二の軍備品、それはいかなる状況においても瞬時に、そして確実に時刻を確認できる腕時計である。作戦の遂行にとって時刻の誤認識や誤差は、部隊の全滅をも招きかねないと認識していたノース軍曹は、ルミノックス社の驚異的な発光システムであるルミナイトシステムに着目し、最強の精鋭部隊であるSEALsの海中作戦において「深度200mでも確実に計時できる海水用時計」の開発をすぐさまルミノックス社に要請。ルミノックス社は9ヶ月をかけて最初のモデルを開発し、政府調達製品仕様書(MIL -W-46374F)に基づく過酷な状況下での1年間のテストと6ヶ月の実戦を経て、耐衝撃性、防水性、防圧性、視認性など、あらゆる要求をクリアするNAVY SEAL DIVE WATCHが1994年に完成したのである。

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