『八百屋お七を魚に例えてみれば』 前編

『八百屋お七を魚に例えてみれば』 前編

  ゆらゆらと 水の中でも
  恋の炎が燃え上がる

今回は「八百屋お七を魚に例えてみれば」
ということでお話しましょう。
と言っても、お七って何者?
あたしゃ知らぬ存ぜぬ!
そんなお声も聞こえてきそう。

知らざあ話して聞かせやしょう。

お七のことは、井原西鶴の『好色五人女 お七の恋』の中で出てきます。
さっそく定本をひも解きながら、おおまかな筋を追ってみました。

江戸の本郷のあたりに八百屋八兵衛という者がいて、
その八百屋にひとり娘がおりました。
名をお七と言って、年は十六、
花なら上野の満開の桜、月なら隅田川に影を映すほど清らか、
そんな形容がぴったりで、
こんな美人がこの世にいるのかと思われるほどでした。

さて、季節風の吹きあれる師走の空は、雲の動きもせわしなく、
世間の人は、正月の準備におおわらわ。
暮れも押しつまった二十八日の夜半、
江戸の町で大火事が起こりました。
お七の家のほうまで、火の手が近くなってきたので、
母親といっしょに、いつもお世話になっている菩提寺の駒込の吉祥寺という所に、
とりあえず避難することになったのでした。

お寺には、大勢の人がかけこんできていて、
騒然としていました。
広いお堂は、老若男女でごった返し、
ごろ寝をしている者などもいて、それらを踏まぬよう奥へ奥へと進み、
やっとお七親子も、自分たちの場所を確保することができたのでした。
冬の夜のことなので、お堂にはあちこちから、やたらすき間風が入ってきます。
気の毒に思った住職は、寺にある着物をあるだけ出してきて皆に貸したのでしたが、
お七にも小粋な小袖仕立ての振袖があてがわれました。

あらまあ、きれい!
どこかのお嬢様が、若死になさり、
あとに残ったひとたちが、こんな形見を見るものつらいと、
このお寺に奉納したのでしょう。
お七は、その振袖を見ながら、
自分の年齢と同じくらいのお嬢様の事を思ってしまいます。
人の一生は夢みたいなものだから、欲を持っても仕方がない。
極楽往生を願ってこそ人の道、などとしみじみと思うのでした。
そして母親の数珠袋をあけて、数珠を取り出し、
熱心にお題目を唱え始めたのです。

すると品のいい若者が、銀の毛抜きを片手に、
左のひとさし指にトゲが立ったのが気になるのか、
とても困っている様子が、開け放たれた障子の向こうに見てとれました。
お七の母がそれを見かねて、抜いてあげましょうかと、
若者から毛抜きをとり、しばらくやってみましたが、
老眼ゆえ小さなトゲが見えません。
母親は、「抜いてさしあげなさい」
そう言って、そばで見ていたお七に毛抜きを差し出した時には、
お七は胸の動悸をおさえることができませんでした。
若者の手を取り、難儀をとってやりますと、
若者も我を忘れて、お七の手を強く握り締めたのでした。
お七は、このままずっと、若者とこうしていたい、
そう思いましたが、母親の手前そうもいきません。
仕方なくその場を離れましたが、
毛抜きの返すのを口実に、若者の後を追いかけ、
手を握り返したのでした。
その時からお互いに好きになってしまったわけです。

お七は次第に若者に恋焦がれ、
他の坊主に名前を聞きだすと、
お互い恋文のやりとりをするようになったのでした。
若者の名は、小野川吉三郎、立派な武士の身分でした。
お互い相思相愛で、二人だけで会えぬ機会を持てぬことが、
二人の一番の苦しみになりました。

年があけても相変わらず寺での生活は続いています。
雷の夜、とうとうお七は吉三郎の寝所に忍び入る決心をします。
その夜は、突然の不幸事で住職は、たくさんのお坊さんを連れて出払っていました。
他の人たちも、雷が怖いのか、布団をかぶって早寝の様相です。
「吉様に会うのは、今夜しかない。
皆はどうして雷など怖がるのかしら。
捨てたところで、命はひとつ、少しも怖くなんかないわ」
お七は、そう強がってしまうありさまでした。
途中、あれこれ苦難の道を乗り越えて、
とうとうお七は、吉三郎の寝屋までたどりつくことができました。
お七の思惑通り、吉三郎の寝姿に寄り添って、
何も言わずにもたれかかっていきました。

と言っても、お互い十六と十六、恋の法はまだまだ初手のうち。
目をさました吉三郎は、どうしていいかわからず、
小さな夜着の袖を頭からかぶりまごまごするばかり。
ああ、じれったい。

その時、雷が大きな音を立てたので、
「雷ってこわい」
お七は、そう言って吉三郎に強くしがみついたのでした。

ここは、とてもいい場面です、
原文を引用いたしましょう。

 雨のあがり神鳴りあらけなく響きしに
 是はほんに怖やと吉三郎にしがみ付けるにぞ
 おのずからわりなき情け深く 
 冷えわたりたる手足やと、肌へ近寄せしに
 お七うらみて申し侍るは、
 「そなたへにも憎からねばこそ、よしなき文給りながら
 かく身を冷やせしは誰(たが)させけるぞ」
 と、首筋に喰いつきける。
 いつとなくわけもなき首尾してぬれ初めしより
 袖は互いに限りは命と定めける、、、、

とまあこうなるのですが、
要するに雷が、そしてお七の、
「私を好きだからあんな恋文を寄越してくれたのでしょう。
それなのに、こんなに私の体を冷たくさせてしまって、、、」
という熱い言葉の数々が吉三郎の男に火をつけ、
いつとなくうまくいって、二人は結ばれたのでした。
互いに袖を交わして離れることなく、
命の終わりを限りに愛しあいましょうと誓いまで立てます。

ああ、めでたしめでたし、よかったねえ、、、
やっぱり最後はハッピーエンドを望んでしまいますが、
これでは、物語にはなりません。
せめて話の中では、読者は悲恋に泣きたいのでございます。
さも自分がヒロインになったつもりで、
これでもか、いやまだまだとばかりに、
紙面の中では不幸のどん底に落ちてしまいたい気持ちを捨てきれないものです。
そして本を閉じた後、自分の事を振り返って思います。
ああ物語でよかった、今の私は幸せだわ、
などと、そう思いたい気持ちがあるのは否めないでしょう。

さあ、これからは、あなたがお七になって、
いっしょに運命の風に乗っていきましょう。

やがて火事騒動もおさまり、
お七も家に戻るのですが、ますます若者の事が恋しくなってきます。
でも商屋は商屋の嫁に、これが慣わしです。
吉様とのことは、母様も認めてくれるはずがありません。
何度も使いに恋文を持たせ、お互い手紙のやりとりなどいたしますが、
会わなきゃできない事もある、、、
お七の想いは不完全燃焼するばかりです。
吉三郎も同じです。
ある日など、彼は土筆(つくし)売りに身を隠して、
お七の家に忍び込んできます。
お七は彼を部屋まで招き入れ、
夜まで待って、お互い胸の内を語り合おうとしますが、
父親の部屋とは襖一枚ですから、喋る声が聞こえてしまいます。
灯の下に硯と紙を置き、筆談するしかありません。
そうこうしている間に、夜は無常にも明けてしまい、
二人は別れねばなりませんでした。
この上なき恋の情の半分も伝えることもできなくて、
まだるっこしくて仕方なかったことでしょう。

恋心を発散できずに明け暮れる女の気持ちはたまらないことでしょう。
吉三郎に会う手立ても、そうそうあるものではございません。
とうとうお七の恋の情炎は行き場を失い、迷走するようになります。
ある日風の激しい夕暮れ、
いつぞや吉祥寺へ逃げ込んだ時の火事騒ぎを思い出し、
またああいうことになれば、吉様に会えるかもしれぬ、と本気で思い始めました。
なんて浅はかな!
そう思うのは簡単です。
でもこの時、お七はすっかり少女に戻っていたのです。
大人になると、だんだん奇蹟を信じなくなります。
現実的なものが絶対で、絵空事などには目もくれません。
生活のためには仕方ないことですが、
少しさびしい感じもいたします。
でも大人になっても恋をしているときだけは、
何か神の力を得たようで、奇蹟を信じてしまうのかもしれません。
恋する気持ちがお七を少女に戻らせたのでしょう。
つまり、お七は自分の恋心が奇跡を起こすと信じて事を起こしたのでした。
付け火をしてしまい、お七の願いは炎となって、
ますます燃え上がるはずでしたが、、、、

わずかに煙が立ち昇っただけで、
お七は火つけの罪で処刑されることになったのでした。
今日は神田のくずれ橋、
明日は四谷、芝の札の辻、さらに浅草、日本橋と引き回されさらし者になったあとに、
とうとう品川の鈴の森で火刑に処せられたのでした。
死出の旅のはなむけに、遅れ桜を一本手渡されると、
「世のあはれ春吹く風に名を残し遅れ桜の今日散りし身は」
と、辞世の句を詠みながら、一途に極楽浄土を願っているその心根に、
多くの人が涙したそうです。
それにしてもお七さんの最後はなんて不憫なことか。

さて、その頃、吉三郎は、と言いますと、
彼も恋病におかされ、お七の事を思いつめて、
前後不覚の状態になっていたのでした。
まわりの人は、お七のことを知らせては、
ショックの余り死んでしまうやもしれぬと思い、
ひた隠しにしていたのでした。
やっと吉三郎は、外を歩けるようになって、
寺の境内に新しい卒塔婆(そとば)を見つけます。
名前をみると、お七と書いてあって、
吉三郎は、すぐにお七の後を追おうと脇差に手をかけたのでしたが、
住職らの制御にようやく思いとどまり、
吉三郎は出家したのでした。
髪を散らし、浮世を捨てて、お七を弔うことで、
来世の契りを望んだのでした。
吉三郎はその菩提を弔うため諸国を巡拝し、
江戸に戻ってからも過酷な修行を続けたと言われています。

とまあ、お七と吉三郎の涙、涙の恋の結末、
いかがでしたか?

ここからが本題です。
このお七を魚にたとえてみれば、、、
という大胆な試みが残っています。

さて、八百屋お七を魚にたとえてみれば、、、
実は、濱屋のイケスの中にも、いるんです。
お七そっくりなお魚が、、、

それは、、、

あらら、いいところまで話が進んできましたが、
どうやら、本日はお時間が来たようです。
さっきから、システム担当の者も、
早く商品案内やってちょうだいね、
さっさとメルマガ配信して、帰りたいわ、
などと目で訴えかけています。

この続きは、次回にいたしましょう。

それまで、待っててちょうだいふくもち。

                               つづく