『アリストテレスの提灯とプラトン立体』

『アリストテレスの提灯とプラトン立体』

 ぱっ、ぽっ!
 アリストテレスの提灯は、
 ともし火照らして、生命の神秘さを語っている、

魚を漢字であてる時、陸上の動物の字をつけたものがけっこうあります。
虎魚はオコゼ、鶏魚はイサキ、牛尾魚ならコチ、海鼠はナマコで、
海豚がイルカで河豚がフグなのは言わずもがなの事。
また植物の字をつけたものもあります。
青花魚は、サバをあらわしたもの、柳葉魚はシシャモのことで、
海松喰でミルクイ、竹麦魚はホウボウのことです。
そして、海栗ならウニのこと、今回は、ウニの話をしましょう。

ウニは海胆や雲胆とも書きますが、
雲胆は特に塩漬けしたものを指して言います。
海栗とは、海に落ちたイガグリそのもの、
まさにその外形を言い得て妙ですが、殻を割ると、
橙色のこんもりと艶のある身は垂涎の的です。
でもこれは身ではなくて、ウニの精卵巣なのです。
ウニは雌雄同体で、食用とするのはそれぞれの卵巣と精巣です。
磯でとったウニの殻を割って、さっと海水ですすぎ、
しゅるっと口に運ぶのはたまりません。
生食をわさび醤油で食べると、とろりとした甘味に舌が歓喜します。
ご存知のように、ウニはすしねたの定番で、
アジや白身の魚の刺身の上に乗せて食べるのも、
また格別おいしいものです。
もちろんあったかご飯の上にかけてのウニ丼もいいですね。
ウニの鮮度の目利きは、粒子の立っているものが新鮮、
色が不鮮明で、溶けて流れているようなものはいけません。
種類は豊富で、世界中には約千種類のものがあるといわれます。
しかし全部が全部食用になるのではなく、
日本では、北海道や東北地方で有名なバフンウニ、
そして東京湾から九州にかけての磯に住むムラサキウニが
食用ウニの代表選手です。
形もさまざまで、球形にトゲが生えたものばかりでなく、
楕円形や心臓形をしたものなどあれこれです。
タコノマクラと呼ばれるものは、おもしろい!
広辞苑で調べてみますと、
他にもたくさんの異名を持っていることがわかりました。
これもウニの一種ですが、平たく、トゲは短く、殻は灰色、
上面に5枚の花びらの模様があるのがおもしろい特徴です。
日本中部以南の浅海産ですが、
マンジュウガイ、タコの円座、天狗の爪貝、
蓮の葉貝、桜貝、河童の尻掛、河太郎の独楽、
などなど、一つの形状からこれほど多くの名前がつけられるとは、
まったく驚いてしまいます。

さて、ウニは一見、サザエやアワビのように、貝の仲間だと思ってしまいますが、
驚きましたねえ、実はウニは、科学的に分類すると、
ナマコやヒトデと同じ仲間、棘皮動物なのです。
江戸時代、「天下の三珍」と言えば、ボラのカラスミ、ナマコのコノワタ、
そしてウニの卵巣、 三珍のうち二つも棘皮動物が占めているのですから、これまた驚きです。

ウニ、ナマコ、ヒトデなどの棘皮動物は、
トゲが皮膚を覆い、水の詰まった管が体中を走っています。
ウニをよく見るとトゲの間にはゴムチューブの様な管足(かんそく)が
たくさんあるのがわかります。
ウニの管足は、体内の水管系からの水圧調節で伸縮が自在で、
先端に吸盤を持ち、
ウニにとっては足や手の役割を果たしています。
水中では浮力が働くので、
ちょっとした流れがきても体が浮き上がってしまいますから、
海底にしっかり固定するにも、この吸盤はウニにとっては重宝でしょう。

棘皮動物は、ウニ、ヒトデ、ナマコ、ウミユリがこれに属しますが、
これらの生物は基本的には、体軸が5本で骨片(こっぺん)があるようです。
おもしろいことに、5が棘皮動物の基本の数だと言われます。

ヒトデは見ての通り5本の腕、
どでんとしたナマコも、内臓をのぞいて、
輪切りにスライスするとちくわみたいになりますが、
内側の壁の面に、5つくっついているものが見え、輪切りの形が5放射状に見えます。
これは縦走筋と言って、前から後ろに縦方向にずっと走っています。

では、ウニの場合には、、、、
ウニを中央から真横に切断すると、殻内は美しい五稜角状をしています。
その5つの部屋の隙間を埋めるようにウニの生殖巣が詰まっているのです。
ウニの口は体の下方に、排泄口は上方に位置します。
つまり、陸上の生物とは天地が逆になっているわけですが、
岩の窪みや陰に住むウニが岩に付いた藻や流れてくる藻を食べるためには、
この方が都合が良く、海中では排泄口の位置が引力に逆らっても、
排泄物は海水が流してくれるのでかえって都合がいいくらいです。
岩にへばりついている側が、ウニの口側の面で、真ん中に口があります。
ウニの口は5本の歯が放射状にはえているのですが、
この歯で、岩の表面をガリガリかじって、藻類などをけずりとって食べるのです。
強力な5枚の歯を支えているのが5つの顎骨で、
強力な筋肉で動いているわけです。
「動物学の祖」といわれる、
ギリシャの哲学者アリストテレス(紀元前382〜322年)は、
地中海のレスボス島で海産動物の研究中に、
ウニの口器の不思議な形を見逃しませんでした。

「ランタン(提灯)のよう!」

こう叫んだどうかはわかりませんが、
いつのまにか、ウニの歯は、、「アリストテレスの提灯」と呼ばれるようになったのです。
縄文や弥生時代の遺跡からは、ウニの殻が数多く出土していると言われますから、
その食文化は古いなあと思っていましたが、
まったく驚きましたねえ。
なんとウニは紀元前から、しかも高名な哲学者から注目を浴びていたのです。

さあさしっかりアレクさん!

紀元前と聞いて、つい口ずさんでしまいましたが、
これは、中学の歴史の時に習った年号の覚え方の一つです。
「さあさしっかり」は334年(紀元前ですけど)、
アレクさんは、アレクサンダー大王のことで、
彼はわずか10年余でギリシアからインドに及ぶ大帝国を築き上げました。
紀元前334年にはマケドニア・ギリシャ連合軍を率いて小アジアへ渡り、
グラニコス川の戦いにおいてアケメネス朝ペルシャの軍を撃ち破りました。
まさにこの年代は、アレクサンダー大王が遠征を始めた時で、
しっかり、アレクさん!
こうなってしまうわけですが、
彼の東方遠征で、ギリシャ文化がオリエント各地の文化と融合して生まれたヘレニズム文化も、
この年号さえ暗記しておけば、この時期のものとしてしっかり把握できたのでした。
この大王の少年時の家庭教師が、アリストテレスだったと言われます。
大したもんだ、アリストテレス!

少々話しが脱線しましたが、
『アリストテレスの提灯』という名前には、
つい古代ギリシャの時代まで遡って、
あれこれ思いをめぐらしてしまいたくなるような神秘的な響きが含まれています。
アリストテレスも、ウニを見ながら沈思数刻、
その形状から何か哲学的なものを感じとっていたのではないかしら?
などと思ってしまうのです。
そして行き着いたのが、プラトン立体です。

西洋の思想では、幾何学は世界の創造、
生命の根源と密接な関係があるとされています。
アリストテレスにとって先人にあたるプラトンは、5つの立体に注目しました。

あらら、ここでも5つだ!

正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体です。
むずかしい幾何学、さらにそれを使って生命の神秘などを解明しようとする
神聖幾何学のことはよくわかりませんが、
確かにこれらの5つの立体は、謎を秘めた美しい立体として存在しています。
面の大きさ、辺の長さ、内角の角度、これらがすべて同じで、
しかも球にぴったりおさまる、
これらの条件が満たされる立体はこの宇宙にこれら5個しか存在しないようです。
この5つの幾何学と球を入れて6つの元素は、宇宙を組み立てる素材であり、
宇宙の性質を創造するもの、
などと考えられてきました。
だから古代ギリシャ人は、プラトン立体に、特別なエネルギーを感じ、
特に神聖視していたようです。
何度も言うようですが、難しい理論のことはわかりません。
でも改めて、この5つのプラトン立体を眺めてみると、
なんだか催眠術にかかったようになってしまいます。
意識がふわっと異次元の世界に浮遊するようです。

正四面体の不安定な形には、エジプトのピラミッドを連想させられますが、
何か新たな欲望が刺激されます。そして、この形をもっといじって、
発展させてみたくもなります。
そういえば、人間の卵子は球状で、尻尾をもった精子が卵子に貫入すると、
尻尾がなくなり、卵子の核と 完璧に同じ大きさの球に見事に変身、
まったく同じ大きさの2個の球ができるわけですが、
その後、2個の球達は完全に融合しひとつの球となって、
核分裂をおこなうといわれます。
その最初の分裂によってできる形が、正四面体といいますから、
まさにこの立体は、生命細胞の最初の形かもしれません。
神聖幾何学では、正四面体は、空間を内と外に分ける最小形態、
「火」のイデアとしてとらえられています。

正六面体には、安定感と、ある種の達成感がありますが、
やはり6つの面では物足りない、
もっと手(線)を伸ばして、空間を肌で感じる部分を増やしたくなります。
これは「地」のイデアです。

正八面体は正四面体が合体したようで、まるで恋人と結ばれたような安心感があります。
他者との絆を強く意識するようになるわけですが、
これでも、まだまだ満足できません。
できるだけ角を小さくして深く密接につながっていたくなります。
その為には、やはり面を増やしていくしかありません。
しかしここまでくると、さすがに自己の非力を感じずにはいられません。
風でも吹いて、回れ回れ、球に近づけ!などと思ってしまいます。
これは「気」のイデアです。

正十二面体になると、十分な満足感を味わえます。
達成感を持て余してしまい、
今度は、サッカーボールのようなこの形を蹴って、誰かにパスしたくなるのです。
満足感を誰かにも分けたくなる、そんなやさしさが芽生えてくるようです。
これは「光」のイデア。

正二十面体は、ダイヤモンドのような輝きで、未来を照らしているようです。
ますます活力がわいてきて、こぼれんばかりです。
分身を意識し始めます。
これは「水」のイデア。

だらだらと、
独断と偏見でプラトン立体を眺めてみましたが、
神聖幾何学に、フラワー・オブ・ライフ(生命の花)いう言葉があります。
フラワー・オブ・ライフは(最下段の図)のように、19個の円を持ち、
外側を二重の同心円によって囲まれているもので、
エジプトのピラミッドなどの古い建築物にもある模様です。
形状が花に似ているだけでなく、生命のサイクルを象徴していると言われます。
種から木ができ、花が咲き、実をつける。そして、また種に戻る。
生命はその繰り返し、それは植物だけではなく、
地球上の生命すべてに当てはまるサイクルだと言うのです。
この幾何学模様を目を細めて見てみると、
不思議なことに、この形の中には、プラトン立体のすべてが含まれているようにも見えてきます。
そしてなんだかウニの殻とトゲがこの形を形成しているようにも見えてきました。

古代ギリシャの哲学者たちは、プラトン立体から、
生命の謎などを解明しようとしたようですが、
なにも難しく考えることはないと思います。
ただ、普段目にしている物体の姿を、
たまには違った角度からぼんやりながめてみる時間も大切ではないかと、、、。
そしてその時の感性を大切にしなくてはと思います。

アリストテレスは、地中海の島でウニを見て、
彼の胸に、新しい思考の明かりが、ぽっと灯ったのではないかしら?
ウニの形状は、トゲをとってしまえば、球形に近いですが、
殻を割ってみて、殻内の五稜角と五本の歯をささえる提灯のような口器に、
プラトン立体の一部を重ねあわせながらあれこれ思考をめぐらしたのではないか?
しばらくウニを手にとり眺め見るうちに、
殻内の粒の橙色にパワーを感じとったに違いありません。
ウニの殻の中は、ほとんどが消化管と生殖巣で占められ、
言うなれば、食い気と色気だけの単純な構造ですが、
古代ギリシャの時代から、現在に至るまで生存できたのは、
一固体それぞれが、誕生と死滅を繰り返しながら、
進化し続けていったからでしょう。
形状こそ、今も昔も変わっていないかもしれませんが、
長い間、その生命をリレーできたのは、まさしく進化の賜物に違いありません。
なぜなら、古代から現代になるまでの環境変化は、相当なものだと思います。
それにあわせて生き続けるためには、どうしても環境適応能力が必要とされるからです。

提灯のようなウニの口器、「アリストテレスの提灯」が、
その美肉を照らしながら、生命の神秘さを語っていると思うのは、
ちょっと大げさかもしれませんが、
イガグリ形のウニが、フラワー・オブ・ライフの模様と重なってみえてきます。
内に秘めたパワーも感じてきます。
もちろん食しても栄養満点だし、口内がとろけるような旨さに元気をもらいます。
できるなら、視覚的にも、そのパワーを全身に吸収して、生命の神秘さを秘めた珠としてウニを眺めていたいものです。

それにしても、神の創造したものには、
無駄なものなど、何一つないような気がします。
毎日海のものと関わりあっている自分としては、
魚の神秘さを感じる感性をもっともっと磨いていきたいと思います。
毎日がもっと楽しく、ささやかなな発見にも幸せを感じていられるように、、、、。

                                    おわり