|
リプトン
世界で最も愛されている紅茶を生んだのは、ひとりの青年の才能と情熱でした。トーマス・リプトンは、スコットランドに生まれ、15歳で単身渡米。帰国後、1871年にグラスゴーに食料品店「リプトン」をオープン。その後、優れた才覚で多くの店舗数を誇っていた彼の店に、当時次第に日常的になりつつあった「紅茶」を扱うことにしました。
トーマスは高価な他社の紅茶よりも優れた独自の「特製ブレンド紅茶」を有数なティーエキスパートによる何百回にのぼる試作を経て作り上げ、それを他社の半値で販売することを実現することでイギリス紅茶市場に一大センセーションを起こしたのでした。リプトンの店は紅茶のお陰で連日、新記録をだしたのでした。さらに「包装紅茶」や「水にあわせた完璧なブレンド」などアイデアにあふれた工夫で信頼を高めていきました。
1890年彼はセイロン島に渡り、高地に農園を買い取り巨大な茶園経営に乗り出すとともに最新の機械設備を取り入れた品質の優れた紅茶作りに全力を傾けたのでした。
リプトンは『茶園から直接ティーポットに』の偉大なスローガンの元、こうして得た高品質な茶葉を優秀なティーエキスパートによってブレンドし、他の誰もかなわない安い値段で販売し続け、紅茶をイギリスにとどまらず世界中の人々に愛される飲み物にしたのでした。リプトンは現在までに世界150カ国以上で親しまれてきた、まさに紅茶の代名詞です。
日本に紅茶が初めて輸入されたのは1906年のことですが、その時にイギリスからやってきたのはリプトンの黄色い缶に入った紅茶でした。日本での本格発売は、1961年「リプトン
クオリティーNo.1ブレンド
リーフティー」。そして、ティーバッグも発売することで、本格的な紅茶が気軽に家庭でも楽しめるブランドとして幅広い層の方に支持されてきました。
 |
 |
ブルックボンド
いつも変わらず美味しい紅茶を―。ブルックボンドの紅茶は、そんな想いから生まれました。
紅茶と香料の商家に生まれたアーサー・ブルックは、1869年、英国・マンチェスターに「ブルック・ボンド商会」を設立。
社名の由来は自らの性ブルックにボンドを合わせ、口にして響きの良さを感じるように作り出したものでした。 当時、品質も価格も不安定だった茶葉に一定の基準を設け、さらに、世界で初めて茶葉のブレンドを行い、常に高品質な茶葉を提供することで成功しました。こうして販売されたブルックボンド紅茶は、人々に高く評価されました。このとき、アーサーは24歳。彼の想いが現実になったのです。
順調に成長をとげたブルック・ボンド商会は、1872年には本店をロンドンに移し、真っ赤な荷馬車で工場から食料品店へ直接紅茶を配達しました。
やがて、荷馬車は自動車へ姿を変え、イギリス国内で、850台を超える配達用の車が走っていたといわれます。この赤い車は「リトル・レッドバン」と呼ばれ、紅茶の代名詞として親しまれるようになりました。
日本でブルックボンドの紅茶が発売されたのは、1962年のこと。一流ホテルで採用され、また開業時から東海道新幹線の社内でもサービスされるなど、その名が広く知られるようになりました。
|