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掲載雑誌名 WEDGE
日付 1999年10月25日 付 11月号
タイトル 時代の奔流
サブタイトル 後悔したまま死にたくない
内容 ベンチャー起業のノウハウ

時代の奔流

後悔したまま死にたくない

今月の旗手 三木谷浩史

一流企業でエリート路線を突っ走っていた男が
ある日突然、
何のためらいもなく会社を辞め、ベンチャーを興す。
「ベンチャーは山登りと同じ」と話す三木谷浩史もそんな男の一人だ。
「興銀頭取よりラーメン屋の親父を選びたい」と臆面もなく語る三木谷が
「ベンチャー」という言葉の中に見出したものたものはなんなのか?

[みきたに・ひろし]1965年3月、兵庫県生まれ。一橋大学商学部卒業後、日本興業銀行入行。93年米国ハーバート大学でMBA取得後、同行でメディア関連のM&Aを担当。95年興銀を退職し、株式会社クリムゾングループを設立。ソフトバンクによるコムデックスの買収など、大型案件のファイナンシャル・アドバイザーを務める。97年、株式会社エム・ディー・工ム(現楽天株式会社)を設立。

会社を起こすのは山登りと同じ…

 今やベンチャービジネスの雄の一人と目される三木谷浩史(34)に「ベンチャー企業とは何か」意地悪く聞いてみた。三木谷は日本最大の電子モール「楽天市場」を経営する元興銀マンである。
 「うーん、基本的には会社をやるのも山登りと同じじゃないか。別にお金に困っているわけじやないのに、なぜ苦労するのか。大きな会社にいて平穏無事にやっていく手もある。しかし、ぼくが会社を始めたというのはハードルを乗り越えていくため。山に登るのに『そこに山があるから』と答えた人と同じことです」
 とすれば、あらゆる新事業、新会社はベンチャービジネスになる。職種や技術、規模などは問わない。脱サラして焼鳥屋を開業するのも、SOHOを手がけるのもすべてベンチャービジネスである。
「その通りです」
 三木谷は大きくうなずいた。
「ベンチャー」を辞書で引くと、冒険、冒険的事業、投機といった意味が記されている。これがベンチャービジネスになると、新技術導入や新規開発事業といった「新」のニュアンスが強まるようだが、つねに新しい試みは失敗するか成功するか、賭(かけ)=冒険にちがいない。冒険であるなら、新しく開始したあらゆる事業や仕事はベンチャーを名乗っていい。

大企業が敗退する分野で大成功した秘訣

 三木谷が営む「楽天市場」には現在(10月7日)1172店舗が加盟している。知名度は数ある電子モールのなかで第1位。64%がその名を承知している。実際の買い物経験も100人中9.6人で1位。2位(1.7人)を大きく引き難している。同市場では10万商品が扱われ、市場の総ぺージ数は12万ページにも及ぶ。約30万人の会員をはじめ、1日のアクセス数は75万ページビューに達する。もちろんこれも日本第1位だ。
 楽天市場経営の基本は1店舗当たり月5万円の出店料である。5万円×1200店舗、プラス広告収入で月商7000万円。しかも商品取り扱い高は月々20%の伸びを示し、全店舗の売り上げは月額5億円に上っている。社員数は今年7月までが17人、現在は内定者を含め40人である。電子モール創業は97年2月。まだ3年たっていないなかで年商6億は立派だが、しかしパーヘッド1500万円は必ずしも楽観的になれる数字ではない。売り上げが限りなく利益に近い数字にしても、急成長で年末の月商が8000万円と見込まれるにしても、瞠目すべき高利潤とはいえない。
 しかし電子モールやインターネット通販はこれまで大企業が数々仕掛けて敗退してきた分野である。それを三木谷がだれからも借金することなく事業化できることを立証した。三木谷の「無借金経営」は個人的に借金できないことと、借金する必要もないこと、借金して重い事業にしてはならないこと――の三つを意味している。
 新事業を軌道に乗せられることの証明にこそ、ベンチャーの意義を認めるべきだろう。前記したようにベンチャーは冒険である。登攀(とうはん)ルートの確立が後進に道を開く。ドンキホーテの信念と猛進こそ登攀(とうはん)ルートを切り開く者の本領なのだ。その信念と猛進が正しいか正しくないかは自ら転ぶか、転ばないか、自分の体を実験台にするしかない。
 ただ三木谷は本を質せばエリートの出である。兵庫県の生まれで、88年一橋大学を卒業後、日本興業銀行に入行。同期入社130人のなかで最も早く米国留学を命じられた。93年ハーバード大学でMBA(経営学修士)を取得して帰国、企業金融開発部に所属し、M&A(企業の合併、買取)などを手がけた。アドバイザーである。

興銀頭取への昇進とラーメン屋の親父

 95年1月、阪神・淡路大震災が起きた。三木谷は震災で叔父と叔母を亡くしたが、このときの風景が興銀を辞めようかなという気持ちの最後のだめ押しになった。
 「震災で郷里に帰ったのですが、自分の昔知っていた風景がことごとく崩れて、その辺に死体がばんばん転がっている。あ、人生って有限だったんだ、当たり前のことですけど、このとき初めて気づいたんです。人生が有限資源なんだって思った瞬間、『興銀を辞めよう』という判断になりました」
 震災の廃虚が三木谷を転身させた。ごくごく私的に行われた「焼け跡復興」である。
 「人がもつリスクの最大のものは、後悔して死ぬことじゃないか。ぼくはお金を失うとかがリスクだとは思ってません。どうせなら、やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。興銀にい続ければ、死ぬ間際、ついにやらなかったと後悔するかもしれないリスクを負う。
 ぼくはそういうリスクを取りたくない。人がもついちばんの有限資源は何かというと、時間なんですよ。人生は一度きりです。ぼくとしてはラーメン屋の親爺をやって失敗した場合と、興銀の頭取になった場合と、どっちが最後、満足感が得られるかと考えたとき、ラーメン屋の親爺の方だと思いました」
 興銀頭取への昇進と、失敗したラーメン屋の親爺−−どっちが人の生き方として納得できるかと問われて、ラーメン屋の親爺と答える。たとえ失敗しても、失敗したラーメン屋の親爺の方が位が上なのだ。
 まるで新しい価値観である。たしかに銀行など金融機関のいまの体たらくを見れば、暴論という気はしない。しかも発言するのはラーメン屋の親爺の側ではない。暴論、極論と誹られるかもしれないが、重さも迫力もまるで違う。
 まさしくアンシャンレジーム(旧体制)を打破した最初の果実として、楽天市場の年商6億円はあるのだ。三木谷の述懐に窺がわれるのは、いまがインターネットやグローバリゼーションをキーワードにした流血なき革命の時代だという事実である。旧体制を引きずって、新体制はない。
 「いまはもうものすごいスピードで世の中が動いてます。昔ソニーとかホンダが20年かけてやったことを、ぼくらは3年、4年でやらなければならない」
 革命の時代に革命家は寝ている時間がない。朝6時過ぎに起床、7時半出社、以降夜の11時まで仕事、帰宅後午前3時まで仕事、睡眠時間はわずか3時間にすぎないという。週末はミーティングや取材のインタビューに割き、日曜も半日だけ寝て、半日は仕事である。
 「もう仕事という感覚じゃないんです。基本的に生活=仕事=楽しみですから」
 当然、報酬は仕事に見合う。興銀退職後4年、去年の年収は興銀時代の半分にすぎなかったが、今年は興銀時を回復した。来年は上場を果たし、晴れて上場企業の創業社長に上がる公算が大きい。
 「成長の仕方は二つあって、一つは楽天市場自体を大きくしていくこと。二つ目は楽天市場以外のビジネスを立ち上げていくこと。楽天市場の数字は後からついて来るものであって、一番重要なのは顧客の満足度が高いことです。売る人も楽しい、買う人も楽しい。そういう場所をつくっていきたい」
 いわば楽天市場は神社の境内である。数多くの屋台が連なり、市場を訪れた人が冷やかして通り過ぎ、時々は買う。三木谷の会社は極力各屋台が売れるよう工夫もし、アドバイスもするが、基本は場所貸しであり、場所の仕切りである。屋台の売り上げがいくらだろうと、売り上げに課金はしない。
 その意味で楽天市場の業態はテキ屋の親分と似ている。縁日を楽しく盛り上げ、訪れたお客さまに喜んで財布のひもを緩めていただく。
 「インターネットビジネスは大企業には向かない」が三木谷の持論だが、けだし至言である。新しいコンセプトの発想と、その発想を素早く実行することが重要だからと三木谷はいうのだが、もう一つインターネットの本来あるべき姿が庶民のツールだからだ。着流し、下駄履きの気安さというが、電子モールを訪ねるのに下駄さえ履く必要はない。庶民の細々した利便にこたえることに商いの道が開ける以上、必要なのはラーメン屋の親爺の感覚であり、テキ屋の親分の才覚なのだ。
 ようやく日本でもインターネットが日常化し始めている。さんざんご大層に喧伝されてきたが、難しいものでも、取っつきにくいものでもない。便利な道具である−−という単純当然の真理をいち早く事業に結びつけた点に、三木谷の一番の功績があるのかもしれない。(文中敬称略)
 

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