新潟市は港のほど近く、魚市場などが近くにあったりと潮の香りが少し漂う。日本一の長流「信濃川」の最終地点、そこに越の華酒造はある。
明治2年、藩籍奉還、東京遷都がなされ、東京〜横浜間に電信開通し、まさに日本が近代国家へスタートした翌年に、新潟市沼垂の現在地にて越の華酒造は開業した。

年間製造数量約1000石(1石=100升)という小蔵ながら、平均精米歩合56%と、徹底した高級酒造りを堅持、以来135年間、【水】【米】【技】、全ての品質に拘り続け、越の華酒造は日本酒本来の味わいを求め続けてきた。 |
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越の華酒造は製造コストの約6割を酒米に費やすほどに、原料の品質には徹底的である。長期低温発酵に適した『高嶺錦』、時代背景によって幻の米となった『亀の尾』、言わずと知れた兵庫県産の特等『山田錦』それらと並んで、専門家の間で酒造好適米として良く知られている『華吹雪』。これらの良米を丁寧に磨き上げ、平均精米歩合56%を堅持、驚く事にそれらをレギュラー酒にまで惜しげもなく使用している。そして今回のお酒に使用されているのは兵庫県産の特上山田錦。栽培にたいへん手間のかかるこの酒米は、 日中と朝晩の気温の差が10℃以上の山麓や谷間で育て、通常よりも苗の間隔を二倍とり、日当たりを良くして通気性を確保しなければならない。病気や害虫に侵されない環境づくりと共に、肥料を少なめにし、太陽と水と土の力による自然の恩恵で稲穂を育てる非常に手の込んだ方法で栽培しなければならない。 |
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日本酒の80%の割合を占める【水】は、そのお酒の品質を左右する大きな要因である。越の華酒造が仕込みに使うのは三川村にある「桂清水」。昭和初期までは蔵の脇にある高品質の井戸水を使用していた。この水は越乃寒梅を醸す石本酒造もここより分け頂いていた程だった。 だが昭和39年の新潟大地震による地殻変動によりこの水源は断たれてしまった。それからというもの、酒造りに必要な良水を求め、奔走し、数年後にやっとたどり着いた岩清水が桂清水。一日100tの水量を誇るこの豊かな岩清水は、ミネラルを多く含んだ円やかな軟水。幸いにもここ新潟は名にしおう「雪国越後」。吹きつける吹雪の激しさ、この雪の結晶はやがて清水となって清く流れ出て、酒造りにとって最高の良水となって輝きを増して生まれ変わる。それは嘗ての井戸水をも超えていた。 |
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酵母は、糖分をアルコールに変えるためには欠かせないもの。お酒の造りによって様々な酵母が使い分けられる。一般的な酵母は「日本醸造協会」が蔵元に配布する、いわゆる「協会酵母」が使われるが、越の華酒造は酵母を自社で培養し、その酒々の造りに最も適した酵母をそれぞれ使用する。今回、この越乃幻の酒に使用したのは鑑評会で金賞を取るための大吟醸特殊酵母である。この酵母の働きにより気品に満ち溢れた香りが生まれるのである。 |
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創業以来、新潟という恵まれた環境の中で、永く引き継がれてきた越後杜氏の匠の技、満悦する事なく常に上を目指す心、そして只管に造り続ける蔵人たちの想いをひとつに、水を選び、米を選び、技を磨き、心を注ぐ・・・、その「こころを打つ存在感ある酒」は誰もが認める絶品。
清酒鑑評会での歴史も古く、 明治40年10月「全国清酒品評会」で「金賞」受賞。明治44年に始まった「全国新酒鑑評会」でも「金賞」受賞。そしてここから始まった受賞記録の数々。越の華酒造の受賞は数知れず、今も尚金賞をとり続けている。また、人気連載のマンガ「美味しんぼ」では越の華酒造のお酒は特に絶賛とも紹介されている。2006年より始まる鑑評会純米酒部門、その前身鑑評会純米研究会においては、数多くあるお酒の中から最高の栄誉、首席第1位にて突破しその名は一躍、世に知れ渡り、現在世界からも注目されている。 |
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越の華酒造の蔵人たちは全員が若く、そして全員がベテランである。これが越の華の蔵人の特長である。みんなで考え、動く、確認する。間違いの無い仕事をし、常に技術の向上と流される事のない酒造りに誇りと情熱を注いでいる。現杜氏は池田秀世氏。蔵を訪ねた際には親切にひとつひとつ酒の状態を説明してくれた。 私に対してと共に、酒に語っているかのような丁寧な言葉は出来上がる酒さえも想像出来そうな程だった。池田杜氏をはじめ、蔵人たちが造りに対して寡黙に、そして真剣に悩みながら汗を流す姿勢、感動と共に今日も間違いなく本物と呼べる日本酒が生まれゆく。 |
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