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醸造元の「市島酒造」の総本家市島家は、約400年前の慶長年間(1598)に加賀大聖寺より越後新発田藩に移封された溝口候に随伴して当地に移住。当時は沼澤の多い荒蕪の土地であったが溝口藩は土地の干拓達成に努めました。
市島家は当初薬種問屋を始め、酒造、金融、回船業などで商業資本を蓄積する一方、土地の干拓を進め、最盛時には2800町の田畑竹林を所有する全国屈指の大地主となりました。当初は初代市島秀松が寛政年間(1790)に宗家より分家し、、現在の地に創業しました。初代秀松と二代謙は、商より学を好み江戸の学者梁川星厳に師事、江戸文人との交流が深く、言志社を起こし後進を指導し、藩の文化に貢献しました。
現在は六代目が伝統ある蔵の歴史を引き継ぎ、毎年各地から多数の人たちが見学に訪れています。市島酒造は、日本初の女性技能士が誕生した蔵として有名です。酒造りも機械化が進みかつてのように裸で水や米を入れた桶を運ぶとったような重労働はなくなりました。
女性はこまめに清潔・整頓を心がけ、まじめで仕事も丁寧です。そしていち早く男女平等に取り組んだ蔵としても知られております。現在(2001)、5人の女性が蔵人として働いています。
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