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北海道白糠町には、ふるさと納税を通じて、全国からたくさんのご支援が寄せられています。その温かい応援に心から感謝し、寄付者の皆さまへの恩返しとして、「食料自給率の向上」に貢献することを町として目指しています。
この“日本の食糧庫”ともいわれる道東地域に位置する白糠町では、日本全体の食料自給率向上にもつながるさまざまな取り組みが始まっています。
農業は未来の食を支える大切な仕事です。持続可能な農業を実現するためには、若い世代の力が不可欠です。白糠町では、農業に夢と希望を持って取り組めるよう、全国トップクラスの「就農支援制度」を整備し、新たに農業を始めたい方を力強くサポートしています。
まったくの異業種から農業の世界に飛び込み、2019年から白糠町で豆類やじゃがいもを自然栽培で育てている「もりもりふぁ~む」の成澤寛和さん。
彼もまた、新規就農支援を活用して農業をスタートさせた一人です。
就農から7年目を迎えた現在、その挑戦の“いま”についてお話を伺いました。
「食べ物を作ろう」─転身のきっかけ
成澤さん:「生きていくための商売とは何か?」を父とともに考えた末に出た答え、それが「食べ物を作ろう」でした。長男がアレルギーを持っていたこともあり、ちゃんとした食べ物を自分で作れたらいいんじゃないかと。
中小企業家同友会という異業種交流会を通して、自然栽培に取り組んでいる「師匠」と呼べる方との出会いもあり、恵庭市のお宅まで月に1回通い、学びました。そして、2019年に白糠町へ移住し、ゼロからの農業が始まりました。
1年目は手のひらにのるほどの収穫
このファームは父・母、僕、そして妻で営んでいます。全員が農業は初めて。初年度の収穫はというと、大豆が両手のひらにのるぐらいでした。鹿に食べられてしまって。漁師さんから使わない漁網をもらって張ったんですが、簡単に破かれてしまってダメでした。
愛犬のジョンがいる犬小屋の周りだけ、鹿が来なかったので、そこでとれた黒大豆の「黒千石(くろせんごく)」が本当に手に乗るほどの、少しだけ。あと土の中にあるじゃがいもの「さやあかね」がとれました。
その後、白糠町からの支援で本格的な防護柵を設置できました。白糠町は山間部が多く、畑が分散しているため、野生動物による食害を防ぐ柵は必須。これで初めて農業のスタートラインに立つことができました。
6年目につかんだ手応え。
2024年に、自然栽培を実践する農家さんから「機械除草」の方法を教わり、機械を導入して実践しました。するとこれまで草に埋もれてしまった豆の苗が、夏の間もずっと見えたんです。順調に生育した結果、昨年は豆で5トン、じゃがいもで16トン、合わせて20トンを超える収穫ができました。
初めて“これはいける、自然栽培でここまで成果をだせる”っていう手応えを感じました。
種から始まる「白糠らしさ」
収穫した豆の中から、翌年の種分を残してまきます。機械除草を導入する前は、大体 500キロから800キロぐらいの収穫で、そのうち種分として200キロは取っておかなければならない。当初は販売できる分はほとんどありませんでした。最初は草だらけで収穫どころじゃないし、持っていた種も減っていく一方で不安ばかりでした。
北海道では種まきが年に一度。その時間軸の中で観察し、データを取り、試行錯誤するのは時間もかかりましたが、7年目となる今年、ようやく安定した収量にたどり着きました。
種は地域の記憶をもっているんです。自家採取の種は、この白糠の土地で少しずつ“アップデート”されていく。季節や気温、土の状態に合わせて、自然と強くなっていく。
いま、この地域はマイマイ蛾の異常発生で蛾が多く、葉が喰われる被害も多いのですが、自家採取で育てている大豆は不思議と喰われていないんですよ。
町との二人三脚だからやってこれた
僕らが白糠に来たのは、最初に地元の農家さんとのご縁があって。町とのつながりは2番目なんですが、その後、役場の方と二人三脚でスタートしました。支援内容は手厚く、機械の購入にかかる費用の半額補助、新規就農から5年間の助成金など、本当に助かりました。そして何より重要なのが鹿柵(しかさく)の資材支援100%補助ですね。
初年度、柵が弱くて鹿に全部食べられてしまった。でも、白糠町の支援で本格的な防護柵を設置できました。これがなかったら農業どころじゃなかったです。
農業は「きつくて辛い」だけじゃない
去年までは毎日、草との戦い、草取りばっかり。でも機械除草を導入してからは、作業時間がぐっと減ったんです。今では朝9時から夕方5時くらいまでの“サラリーマン的”な働き方が可能になりました。
最初は、芋もスコップ1本で掘ってましたが、今はハーベスターで一気に収穫して、選別機で仕分けて。そういう進化が必要なんです。町の支援があったからこそ、機械導入もできた。効率化と機械化は、農業を次世代につなげる上でも必要不可欠だと思います。
土を汚さない農業は、海も守る
僕がこだわっている自然栽培は、【無農薬・無肥料・無堆肥】。「土を汚さない」ことが大きな特長です。農薬や化学肥料を使わなければ、地下水や川、そして海にも負荷をかけません。
最近では白糠町の漁師のキムタロ(木村太朗)さんとの交流も生まれ、山と海のつながりを実感しています。彼がその日に獲れた魚を持って来てくれて、僕は収穫した野菜を渡して、物々交換をしています。海を守るには川、そして山が大事だということを、お互い分かり合えています。
皆さん、よく「循環、循環」っていうけど、それって簡単な事じゃない。でも、僕らが白糠町でこんな風にやっているよ、できるんだよっていうのを証明したい。僕の農業がその一端を担えたらと思っています。
そして、未来へ─「食」で守れるものがある
長男のアレルギーが、自然栽培を始めた大きなきっかけですが、僕はある意味、子どもたちで“人体実験”してきたんです。自然栽培の野菜だけを食べさせたら、子どもたちの基礎体温が上がり、風邪もひきにくくなった。学校を休まないので親は働けるし、医療費もかからなくなって、結果的には家族全体の暮らしが楽に回るようになりました。体は食べたもので作られている。それを実感しています。
日本全体で医療費がもっとかからなくなって、その分子ども達の教育に使えたら、そんなことも考えます。だから僕は、“ちゃんとした食べ物”を作り続けたいんです。特に、僕らが作っている大豆は、日本の食文化の中心にある食材です。味噌、醤油、納豆、豆腐……全部が発酵食品。つまり、日本人の“元気のもと”
しかも、保存もきくし、調理も多様。大豆はなくてはならない存在、「大豆はだいじ」なんです。自然栽培によって、環境にも、体にも、未来にも優しい農業を実践する。そして循環する地域づくりへとつなげ、子ども達の未来をよりよくしたい。自然栽培という大変なことに足をつっこんでしまいましたが、ここまでやってきたから、もう逃げられないんですよね。未来につなげられなきゃ意味がない。今はそう思っています。
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成澤 寛和(なりさわ ひろかず)さん
1981年(昭和56年)生まれ、厚岸町出身。
釧路市で銭湯「春の湯」を営業していたが、2019年に白糠町へ移住。
新規就農支援を活用して農業をスタート。
【無農薬・無肥料・無堆肥】の自然農法で大豆やじゃがいもの栽培に取り組む。