秋田市は、秋田県の人口の約3割、県内総生産の3分の1を占め、県内および北東北の拠点中核都市として栄えながら、東には出羽山脈が広がる緑豊かなまちです。
豊かな天然資源を利用した木製品製造、清酒製造などが盛んで、郷土料理「きりたんぽ」や「しょっつる鍋」の他、海の幸・山の幸に恵まれた食の宝庫です。
あふれる自然をいかしつつ、市民が生き生きと伸びやかに暮らせる、人にやさしいまちづくりをすすめています。
■秋田竿燈まつり
JR秋田駅近辺で、圧巻のパフォーマンスと熱気にあふれる秋田竿燈まつり。
青森のねぶた祭り、仙台の七夕まつりと並んで東北三大まつりのひとつに数えられるほか、国重要無形民俗文化財にも指定されました。
その歴史は古く、穢れを流すねぶり流し行事として、無病息災や家内安全、五穀豊穣等を祈るため、1750年頃には原型となるものが行われていたと言われます。
最も古い文献では、1789年の津村淙庵紀行文「雪の降る道」で紹介されています。
この時点で秋田独自の文化として伝えられ、長い竿を十字に組み、数多の灯火を提げ、太鼓を打ちながら町を練り歩く竿燈まつりの原型が記されています。
秋田竿燈まつりの一番の見どころは、差し手と呼ばれる演技者の職人芸です。
40~50kgにもなる大きな竿燈(提灯をたくさん提げた竿)を持って練り歩きます。手の平、額、肩、腰の1点で竿燈を乗せて支え、ダイナミックな演技を披露していきます。
この竿燈には子ども用の小さなものもあり、幼少期からこの演技を学び、実践し、鍛えてきたバランス感覚が大人の職人芸へと繋がっていきます。
真夏のお祭りは全国各地に数多くありますが、この妙技を楽しめるのは秋田竿燈まつりだけ。ぜひ秋田市内へお越しの上、この熱狂を体感してください。
■千秋公園
千秋公園は、慶長7年(1602年)から、明治2年(1869年)の版籍奉還まで、12代267年間続いた秋田藩20万石佐竹氏の居城、久保田城跡です。
常陸から国替えとなった初代秋田藩主佐竹義宣が、慶長8年に自然の台地を利用して築城したもので、石垣や天守閣を持たない平山城であったことが特徴です。
明治29年(1896年)に近代公園設計の先駆者で祖庭ともいわれる長岡安平の設計により公園として整備され、秋田県出身の漢学者狩野良知が千秋公園(当時は「千秋園」)と命名しました。
その由来は、秋田の「秋」に長久の意の「千」を冠し、長い繁栄を祈ったものと言われています。
昭和59年(1984年)佐竹氏15代故義榮氏の遺志によって、秋田市に寄贈されました。
■土崎神明社祭の曳山行事
秋田県で古くから続く祭事のひとつです。
秋田竿燈まつりを記した最も古い文献「雪の降る道」内で同様に紹介されており、太鼓、三味線、笛の温度に合わせ、四十もの山車が曳かれ非常に賑やかであったと書かれ、当時既に現代の曳山行事に近い祭りとなっていたことがうかがえます。
現在、毎年7月20日と21日の2日間に渡って開催されます。
毎年奉納される勇壮な曳山(造花や人形などで飾り立てた山車)の台数はその年によって違いますが、最近はおおむね20数台が運行されています。
曳山とともに町中を練り歩き、秋田三大囃子に数えられる「港ばやし」が祭りの一連の流れに合わせてそれぞれの場面で披露されるのです。
曳山の作りは剛(正面)と柔(裏面)からなり、剛(正面)の台の上に男岩、女岩一対の夫婦岩が作られ、夫婦岩の前には戦場場面などを作り、迫力満点の武者人形を飾り付けられたもので壮観なものとなっております。
一方柔(裏面)は、お囃子方が乗る櫓が設けられ、その上部にはおどけた人形を飾りつけ、その脇に、政治、経済、社会、文化を大胆な切り口で風刺した「見返し」が掲げられております。この「見返し」を楽しみに毎年訪れる人々も見られます。
1997年には国の重要無形民俗文化財に指定され、2016年には「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産へも登録されました。「土崎まつり」や「ザキ祭り」などとも呼ばれ、地元を含め多くの人々に親しまれています。
■秋田市民市場
JR秋田駅から徒歩3分の好立地に、秋田市民の台所として親しまれる秋田市民市場があります。
昭和26年に発足し、現在まで約50年以上の歴史を持つ秋田市民市場。移転や増築を繰り返しながら、平成15年より現在の形で賑わっています。その品揃えは、主婦からプロの料理人まで目が離せません。
鮮魚や乾き物、精肉、野菜や果物といった食材はもちろんのこと、県外から来たお客様にも喜ばれるご当地グルメやお土産品も多数取り揃えております。市場内には鮮度抜群な魚介類を味わえる、直営の回転すし屋さんまで!
秋田市のグルメを味わい尽くしたいなら、ぜひ秋田市民市場へお越しください。