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250年の伝統を引き継ぐ、水の平焼

公開日:2026/04/14 更新日:2026/06/03
執筆:天草市ふるさと納税サポート室 大塚 水の平焼(みずのだいらやき)は、1765年に熊本県天草市、水の平の地で創業した窯元です。以来250年以上にわたり、その伝統を守り続けてきました。 最大の特徴は、海鼠釉(なまこゆう)による深みのある独特の色合い、窯元で作られる焼き物そのものも「水の平焼」と呼ばれています。 一つひとつ手仕事で生み出される器は、同じものを作ろうとしても決して同じにはならないという、難しさと同時に魅力も持ち合わせています。 その伝統を受け継ぎながらも、時代に合わせて進化を続ける「水の平焼」の姿があります。 水の平焼8代目の岡部さんに伺いました。
目次 ・250年の歴史を継ぐ、8代目の挑戦 ・特徴的な釉薬と革新の追求 ・失敗が育む職人の技 ・こだわりと時代のニーズへの対応 ・次の世代へ、そして地域との共創

250年の歴史を継ぐ、8代目の挑戦

天草で約250年続く窯元「水の平焼」は、その長い歴史の中で国内外から高い評価を受けてきました。 かつて明治時代に政府主導で開催された内国勧業博覧会(計5回)では表彰を受け、第1回では花紋章牌を受賞しました。 また、明治43年の日英博覧会では銅賞を獲得しています。2015年には7代目から8代目へと代が引き継がれました。 8代目は、7代目と共に現場で器作りに携わり、そのバトンはごく自然な形で継承されました。 「ただ守るだけでは続かない」という強い思いを胸に、伝統を大切にしながらも、新たな取り組みに挑戦し続けています。

特徴的な釉薬と革新の追求

「水の平焼」の象徴ともいえるのが、青海鼠釉と赤海鼠釉です。 これらは釉薬を二重掛けにして焼成することで、色の複雑さと深みを生み出しています。 しかし、焼き物は同じ材料や作り手が手掛けても、その風合いや釉薬のかかり方によって色合いが微妙に変化する繊細さがあります。 これは、釉薬の調合や原材料となる土や灰の状態、窯の温度、配置場所、そして釉薬の掛け具合や厚さといった、さまざまな条件が重なり合って一つの器が完成するためです。 特に釉薬の調合は、これまでは感覚や配合量などにより、安定して製品化することが難しいこともありました。 そこで8代目は、調合を数値化。 重量で管理することで、品質の安定性を大幅に向上させました。 それでも、自然素材を用いるがゆえに原材料の変化による再調整が必要となることもあり、現在でも1〜2割は器として世に出せないものがあるといいます。 原材料の調合に行き着くまでには、焼いても全てが失敗作となり器にならなかったという経験も経てきました。 ※海鼠釉(なまこゆう)は、青や紺などを基調として、白い斑点や流れるような模様が特徴です。

失敗が育む職人の技

「一人前になるまでに、約10年」と語る岡部さん。 その中で重要とされるのは、成功よりも「失敗」の経験です。 「なぜうまくいかなかったのか」 「次にどう活かすのか」という失敗からの学びの繰り返しが、職人としての引き出しや技、工夫を生み出し、増やしていきます。

▼作陶の様子

こだわりと時代のニーズへの対応

「水の平焼」が最も大切にしているのは、地元天草の原料をなるべく使用すること。 そしてもう一つ、「自分が納得できるものを作る」という姿勢です。 この二つの理念を大切にしながら、時代のニーズに合わせた形や色合いを提供しています。 かつては植木鉢や酒、カラスミを入れる器などを手掛けていましたが、現在では日常に寄り添う食器を中心として製作しています。 取材時には、ハンバーガーショップからのオーダーにより、多くの青海鼠釉の皿が並べられていました。

次の世代へ、そして地域との共創

この仕事を未来へ残すためには、「続けられる仕事」であること。 やりがいだけでなく、きちんと生活できる経済的な基盤も重要です。 だからこそ、伝統と現代のバランスを取りながら、新たな可能性を探り続けています。 器は、実際に使われてこそその価値が伝わるものです。 そのため、「水の平焼」では、和菓子店などとのコラボレーションを通じて、人々が器を手に取り、使用する機会を増やす取り組みも進めています。料理を引き立て、食卓を豊かにする存在としての焼き物の魅力を伝えています。 それに加え、天草の焼き物だけでなく、芸術(食・郷土芸能なども含む)を体感できる「天草大陶磁器展」の委員長としても活動し、天草まるごとの魅力を発信する企画を天草の窯元と連携し実践しています。
250年受け継がれてきた技術は、今の暮らしの中で使われながら、次の世代へとつながっていきます。

▼水の平焼

▼ 天草からのおたより