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MAWAとシュミットさんの物語

公開日:2026/04/09 更新日:2026/04/09
シュミット氏(旧姓マース)のキャリアは、インゴルシュタットの女子校に通っていた頃に芽生えました。 当時からものづくり、とりわけ金属加工に関心を持ち、やがてその興味が金属ハンガーの分野へとつながっていきます。 その後、MAWA社に入社。 生産設備の改良に携わるだけでなく、新製品開発や設計の意思決定にも関与し、さらに工作機械分野における技術者の育成にも尽力しました。
当時、製造業の現場は男性中心であり、女性であるシュミット氏の意見がすぐに認められる環境ではありませんでした。 それでも彼女は諦めることなく、自らの視点とアイデアを信じ、粘り強く問い続けました。 1985年、娘アンナさんの誕生を機に一度現場を離れますが、その後PVC部門のハンガー生産担当として復帰します。 仕事と家庭の両立は決して容易ではありませんでしたが、夫であるオットー氏の支えもあり、その両方に全力で向き合い続けました。 ------------------------------------------------------- 娘アンナさんが「母は常に120%で仕事をしていた」と語るように、その情熱はキャリアの中で確かな成果として実を結び、1994年にはハンガー用クリップの特許を取得しています。
母と娘は、日々の出来事や仕事の工夫について語り合いながら、穏やかで充実した時間を共有していました。 技術の道に進んだアンナさんは、母の経験から多くを学び、その関係は単なる親子を超えた、深い信頼で結ばれていました。 また、アンナさんの夫はプファッフェンホーフェンの紳士服店「シュミット・アム・シュパルカッセンプラッツ」で働いており、その販売現場での知見は、MAWAの商品開発にも活かされていました。
シュミット氏は、多発性硬化症という病と向き合いながらも、日々の仕事を続けていました。 困難に直面しても立ち止まることなく、常に次の可能性を見据えて歩み続けたのです。 晩年には会社の倒産という大きな出来事にも直面しましたが、それでもなお、78歳まで職場に立ち続けました。 2024年2月13日、彼女はその生涯を閉じましたが、最後まで明るく前向きに、人生への感謝を忘れることはありませんでした。 その姿勢は、今も多くの人の心に残り続けています。

娘アンナさんは、こう語ります。

~アンナ・シュヴァルフェルムさんが、お母様に関するこの素晴らしい物語を私たちと共有してくださったことに、心より感謝いたします。~
※本記事および掲載画像・動画は、 MAWA GmbHの許諾を得て、ドイツMAWA公式サイトのコンテンツを翻訳・転載し公開しております。

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更新日06/16(06/09〜06/15集計)