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襟を正さない男の憂鬱

公開日:2025/05/23 更新日:2025/06/30

襟を正さない男の憂鬱

オックスフォードバンドカラープルオーバー半袖シャツ
その男は、土曜の午後になると決まって憂鬱になった。理由は単純で、何を着ても決まらないのである。 「また同じか」と鏡の前でため息をついた。クローゼットには無難なポロシャツが三枚、よれよれのTシャツが五枚。どれも悪くはないが、どれも特別でもない。週末のカフェで元同僚と会うというのに、これでは学生時代から何も成長していないように見られるだろう。 実のところ、彼は服にこだわりがないわけではなかった。むしろ逆で、「きちんとした格好」への憧れは人一倍強い。ただ、平日はスーツという制服があるから楽だが、休日の「ちょうどいい」が分からない。カジュアルすぎると手抜きに見えるし、かといってかっちりしすぎると気取って見える。 「結局、無難な方を選んで後悔するんだよな」 そんな時、ふらりと立ち寄った古着屋の片隅で、その一枚に出会った。「オックスフォードバンドカラープルオーバー半袖シャツ」という長い名前のついたそれは、見た目は至ってシンプルだった。しかし手に取った瞬間、固くも柔らかい生地の質感に驚いた。USコットンライクの乾いた感触が、どこか懐かしい映画のワンシーンを思い起こさせる。 試着してみると、これがまた絶妙だった。ゆったりとしたシルエットなのに野暮ったく見えない。大きく開いた襟元が、なんだか余裕のある大人を演出してくれる。そして何より、厚みのあるシェルボタンと繊細な縫製が、「さりげなく良いものを身につけている」という満足感をくれた。 「これなら、襟を正さなくても格好がつくじゃないか」 翌週末、そのシャツを着てカフェに向かった彼は、鏡を見る回数が明らかに減っていることに気づいた。不思議なもので、服装への不安が消えると、会話にも集中できる。元同僚からも「なんか雰囲気変わったね、いい感じ」と言われた。 「やっぱり、服って大事なんだな」と彼は思った。ただし、それは高価だからでも流行だからでもない。自分にしっくりくるものを見つけたときの、あの「これだ」という確信こそが大切なのだと。 今では彼の週末の憂鬱は、すっかり影を潜めている。そして時々、鏡の前で小さくつぶやく。「襟を正さない男も、悪くないものだ」と。