ローザンヌ近郊、約3万年前の遺跡からは
<お守り>として使用されたと見られるいくつかのサンゴが発見されているが、
<お守り>以外にもサンゴは、宝石、薬用品、貨幣、装飾、媚薬、肥料等
として長い間人々に珍重されてきた。
ギリシャ神話によれば、サンゴはペルセウスが切り落として浜辺に晒して置いた
メデューサの首から流れ出た血が固まってできた、となっている。
既に8世紀前にマルコ・ポーロは旅先で蒙古やチベットの女性が
サンゴの首飾りをしているのを目撃している。
ほぼ同じ頃、ハンガリー女王クレメンツァはサンゴの髪飾りを特に愛用していた。
サンゴの値は1500年代かなり高かったと推定され、
当時、牛が1頭4ドゥカートしたのに対しサンゴ約79キロが100~150ドゥカートもしたのである。
日本におけるサンゴの伝来については
イタリアのベスビア火山の大爆発により埋没されていたボンペイを発掘した時、
サンゴが無数に発見され、このイタリア珊瑚がシルクロードを通じて東洋に伝わってきた。
日本に最初に入ったのは神功皇后三韓征伐の時に
朝鮮の王様から貢物として色々なものがあったがその中に
最高の宝物、珊瑚があったというのが最初とされている。
その当時から平安時代にかけて入ってきた珊瑚を古渡り珊瑚、
平安時代から戦国時代、徳川初期に入ったものを中渡り珊瑚、
徳川中期から末期に入ったものを新渡り珊瑚
というのが学名。
ただ実際には明治、大正時代にイタリアより輸入した珊瑚を胡渡珊瑚と称している。
この胡渡珊瑚は正倉院の御物に確認ができる。
日本で最初に発見されたのは徳川末期、
土佐の足摺岬の南方、幡多郡月灘村のはるか沖合で採取されたもので
この珊瑚は水深150m~300mに棲息しており当時としてはその採取が非常に困難であった。
その為、希少価値が極めて高く江戸幕府により禁制品とされていた。
土佐藩では天保9年9月に触書を回して珊瑚の売買を禁止している。
幕府崩壊後、明治時代になると珊瑚採取にも成功し、
一躍、日本の珊瑚がクローズアップされる。
特にイタリア珊瑚は枯渇しつつある状況だった為
日本が世界唯一の珊瑚産出国なった。
ちなみに日本珊瑚の最初の開拓者は戒屋幸之丞となっている。
また日本産の珊瑚(特に赤珊瑚)が2010年頃から中国で人気が出始め
その価格が急騰し続けものによっては15年前の20倍以上高くなっている。
大倉珊瑚店
大倉一朗
参照
「珊瑚」 バシリオ・リベリーノ著
「珊瑚のお話」 大倉勝著